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広島地方裁判所 昭和63年(行ウ)7号 判決

原告 ジャストジャパン株式会社 ほか一名

被告 広島市長

代理人 見越正秋 中野裕道 ほか八名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告ジャストジャパン株式会社に対し、昭和六三年二月五日、広築指第四一号をもってなした違反建築物の是正措置命令は、これを取り消す。

2  被告が、原告有限会社平和に対し、昭和六三年二月五日、広築指第四〇号をもってなした違反建築物の是正措置命令は、これを取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告ジャストジャパン株式会社は、広島市佐伯区五日市一丁目一七八―一に自動車駐車設備(以下「本件駐車設備」という。)を設置所有するものである。

2  原告有限会社平和は、原告ジャストジャパン株式会社から本件駐車設備を賃借し、これを占有している。

3  被告は、本件駐車設備に関して、原告ジャストジャパン株式会社に対し、請求の趣旨第一項記載の行政処分を、原告有限会社平和に対し、請求の趣旨第二項記載の行政処分を(是正を命ずる措置などの具体的内容は、別紙記載のとおり。以下、両行政処分を合わせて「本件各処分」という。)それぞれなした。

4  被告は、本件駐車設備が建築基準法(以下、同法は単に「法」として表示する。)二条一号に規定する「建築物」に該当するという解釈のもとに、法六条一項、四八条三項並びに四三条二項の規定に基づく広島県建築基準法施行条例一八条の各規定に違反していることを理由として、法九条一項に基づき本件各処分を行った。

5  原告らは、本件各処分について、昭和六三年二月一六日、広島市建築審査会に対し審査請求を行ったが、同審査会は、同年四月八日、右請求を棄却する旨の裁決を行った。

原告らは、本件各処分に不服であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  本件駐車設備は、以下のとおり、「土地に定着」する工作物であって、屋根及び柱若しくは壁を有するものであるから、法に定める「建築物」に該当する。

(一) 「定着」について

法の目的は、建築物の敷地、構造、設備等に関する規制を行うことにより、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることにあるから、法二条一号において用いられている「定着」の意義についても、特定の工作物に対し、右の目的に沿って法に規定されている各種規制を行うべきか否かという観点に立って解釈されるべきである。そして、このような観点から見れば、定常的に土地の上に置かれる工作物については、当該工作物が土地に緊結された状態になくとも、建築物として法による規制(建ぺい率制限、容積率制限及び地域地区制限など)を及ぼす必要のあることは明らかであるから、法にいう「定着」とは「当該工作物の用法上、所要の期間及び方法によって、特定の場所に設置すること」であると解するべきである。

本件駐車設備は、土地上に載置されているにすぎないが、原告有限会社平和の営むパチンコ店の来客用の自動車車庫として利用され、右利用目的を達成するため、一定の期間(原告らが本件駐車設備について締結した賃借の期間は一〇年である。)にわたり一定の場所に設置され、移動しないことが予定されているから、土地に「定着」する工作物であるというべきである。

(二) 「屋根」について

一般に屋根の機能は、雨のほか雪、直射日光、飛来物などを防ぐなどの種々の機能を有すると解されており、必ずしも雨覆の効用を有することが屋根であるための必要かつ十分の条件ではない。

要するに、「屋根」とは、工作物の上部にあって、その上下の空間を仕切り、当該工作物の用法上所要の期間及び方法によってその下部に人の利用に供する空間を形成するためのものと解するべきである。したがって、「屋根」の有すべき機能は、その設置の目的又はその下部空間の用途・用法によって異なるものであるから、「屋根」であるかどうかは、その建築物の用途等からみて当該用途等に応じた効用を果たしているかどうかで判断しなければならない。

本件駐車設備は、その二階(一層二段の上段部分をいう。)床板は、一階に自動車が駐車可能な空間を確保し、自動車車庫という屋内的空間を形成しているので、自動車車庫の屋根に必要な効用を果たしており、さらに外部からの光または飛来物を遮断し、あるいはその他の影響を遮断する効用を保持するほか、物を集積するという機能も備えているから、「屋根」にあたるというべきである(特に、本件のような自動車駐車設備の場合、そこに収納される自動車は通常雨ざらしにされてもその効用を失わないから、自動車を立体的に駐車させるための空間を形成する屋根が雨覆の機能をもつことは必要不可欠とはいえない。)。

仮に原告らが主張するように雨覆の効用を有することが「屋根」の要件であるとしても、本件駐車設備の場合、二階床板のうちパンチングされた床板(穴のあいた床板)は全体の約三分の一にすぎず、その他の床板下部には雨露をしのげる空間が形成されていること、右パンチング床板の開口率は約三パーセントと極めて小さく、右床板についてみても小雨程度であれば雨覆の効用は十分あることを考慮すれば、二階床板は雨覆の効用も果たしているものといえる。

2  仮に本件駐車設備が建築物でないとしても、以下のとおり、法の諸規定が準用される「工作物」に該当する。

すなわち、法八八条二項は、製造施設、貯蔵施設、遊戯施設等の工作物で政令で指定するものについては、法六条、四八条から五一条等の規定を準用する旨規定しており、これを受けて建築基準法施行令一三八条三項二号イは、自動車車庫の用途に供する工作物で、築造面積が五〇平方メートルを超えるもので第一種住居専用地域、第二種住居専用地域又は住宅地域内にあるもの(建築物に附属するものを除く。)を法八八条二項の規定により政令で指定するものとして掲げている。

本件駐車設備は、前期のとおり自動車車庫の用途に供される工作物で、築造面積が一一八〇・一〇平方メートルで、住宅地域内にあり、かつ建築物に附属するものではない。したがって、法八八条二項の規定が適用され、法六条及び四八条が準用される。

3  本件駐車設備は、鉄骨造による二階建であり、床面積が一一八〇・一〇平方メートルあるから、法六条一項三号に定める建築物に該当し、また、自動車車庫の用途に供するものであって、右用途に供する部分の床面積が一〇〇平方メートルを超えているから、法六条一項一号に定める建築物にも該当する。

4  ところが、原告ジャストジャパン株式会社は、本件駐車設備の建築工事に着手する前に、法六条一項所定の確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなかった。

5  広島市佐伯区五日市一丁目一七八―一は住居地域内にあるから、法四八条三項により右地域内においては、床面積の合計が五〇平方メートルを超える自動車車庫の用途に供する建築物を建築してはならないにもかかわらず、原告ジャストジャパン株式会社は、右土地上に本件駐車設備を建築した。

6  さらに、法四三条二項及び広島県建築基準法施行条例一八条一号によれば、自動車車庫の自動車の出入口は、幅員六メートル未満の道路に接して設けてはならないこととされているが、本件駐車設備の自動車の出入口は、幅員四メートル程度の道路に接している。

7  被告は、本件駐車設備が法六条一項、四八条三項及び広島県建築基準法施行条例一八条一号に違反していたことから、原告らに対し、法九条二項に基づく通知書をあらかじめ交付したうえ、本件各処分をなしたものであり、本件各処分は適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)のうち、本件駐車設備が柱を有すること。本件駐車設備が土地上に載置されているにすぎないこと、同設備が原告有限会社平和の営むパチンコ店の来客用の自動車車庫として利用され、右利用目的を達成するため、一定の期間(原告らが本件駐車設備について締結した賃貸借の期間は一〇年である。)にわたり一定の場所に設置され、移動しないことが予定されていることは認め、その余は否認する。

同1(二)のうち、本件駐車設備の二階床板は物を集積するという機能を備えていること、二階床板のうちパンチングされた床板(穴のあいた床板)は全体の約三分の一であること、右パンチング床板の開口率は約三パーセントであることは認め、その余は否認する。

2  同2のうち、本件駐車設備が法八八条二項にいう「工作物」にあたること、右設備に法六条及び四八条が準用されることは否認し、その余は認める。

3  同3のうち、本件駐車設備が鉄骨造による上下二段の構造であること、その床面積が一一八〇・一〇平方メートルであること、同設備が自動車車庫の用途に供され、右用途に供する部分の床面積が一〇〇平方メートルを超えていることは認め、その余は否認する。

4  同4ないし7は認める。

五  原告らの反論

1  抗弁1について

(一) 法にいう「定着」とは、特別の基礎をもって土地と固着された状態をいうと解するべきである。民法や不動産登記法、税法等における定着性の概念は右のように解されており、法概念の統一性ないし法的安定性の観点からして、法における定着性の概念も同様に解さなければならない。

本件駐車設備は、土地上に載置されただけで、特別の基礎などなく、土地との固着性は全くない。組立及び解体はボルトによって部材を結合したり分離したりするだけであるから、わずか数日間で完了し、容易に移動が可能である。したがって、右基準に照らせば、本件駐車設備が土地に「定着」するものとはいえない。

(二) 法にいう「屋根」というためには、雨覆としての機能を果たすものでなければならない。

本件駐車設備の床板は、採光、換気、通風等を考慮して全体の約三分の一がパンチングされた床板であり、残り約三分の二は穴の開いていない鉄板であるが、この部分ももともと雨を防ぐ目的で作られていないため、鉄板の継ぎ目に全く防水機能はなく、降雨時は雨水がたれ流しであり、床板部分全体を通じて、雨覆の効用は全くない。

また、屋根はその下部の空間の利用に寄与するものであるところ、本件駐車設備の床板は、もっぱら自動車等を載せる棚として上部の利用にのみ寄与しているのであって、下部の利用には全く寄与していない。

したがって、本件駐車設備が「屋根」を有しないことは明白である。

2  抗弁2について

(一) 法にいう「工作物」とは、法二条一号の「建築物」の要件を全部は充足しないが、これに準ずるもの、すなわち土地に定着する工作物に限定して解釈すべきである。本件駐車設備は、土地との定着性を欠くから、「工作物」に該当しない。

(二) また、被告は、本件訴訟の終局段階に至って初めて本件駐車設備がいわゆる準用工作物である旨抗弁2の事実を主張したものであるが、右主張は本件各処分の理由とされていた法令と異なる法令を新たに理由とするものであって、このように処分理由を差し替えることは処分の同一性を害することになって許されない。

(三) 仮に処分の同一性が認められるとしても、右主張は時期に遅れた攻撃防御方法の提出であるから、右主張は却下されるべきである。

第三証拠〈略〉

理由

一  請求原因について

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  抗弁1について

1  抗弁1(一)のうち、本件駐車設備が柱を有すること、本件駐車設備が土地上に載置されているにすぎないこと、同設備が原告有限会社平和の営むパチンコ店の来客用の自動車車庫として利用され、右利用目的を達成するため、一定の期間(原告らが本件駐車設備について締結した賃貸借の期間は一〇年である。)にわたり一定の場所に設置され、移動しないことが予定されていること、同1(二)のうち、本件駐車設備の二階床板は物を集積するという機能を備えていること、二階床板のうちパンチングされた床板(穴のあいた床板)は全体の約三分の一であること、右パンチング床板の開口率は約三パーセントであることは、当事者間に争いがない。

2  本件駐車設備が「建築物」に該当するかどうかの点について検討する。

法二条一号は、「建築物」について「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの」などと定義しているが、法上、特に「屋根」の定義は示されていない。

一般に屋根とは、雨露などを防ぐために建物の上部に設けられた覆いをいうものと理解されており、少なくとも屋根というためには雨覆の機能を果たすことがその最低限の要請であるというべきである。

法二条一号にいう「屋根」も、これと同様に解するのが相当である。

被告は、「屋根」の有すべき機能は、その設置の目的又はその下部空間の用途・用法によって異なるものであるから、「屋根」であるかどうかは、その建築物の用途等からみて当該用途等に応じた効用を果たしているかどうかで判断しなければならないと主張する。しかしながら、法二条一号にいう「屋根」とは、原則として建築物一般に共通する要件として掲げられたものであるから(同号によれば、「屋根」を有しなくとも、建築物にあてはまるものもある。)、被告主張のごとく下部空間の用途等によって内容の異なる相対的な概念とみることは適当でない。

3  そこで、本件駐車設備に「屋根」が存するかどうかを判断するに、前記争いのない事実と〈証拠略〉を総合すれば、本件駐車設備の床板は、全体の約三分の一である自動車駐車部分が採光、換気、通風等を考慮して約一〇ミリメートル径のパンチングのなされた鉄板であり、自動車通行部分である残り約三分の二は穴の開いていない鉄板であるが、右穴の開いていない鉄板の部分も継ぎ目に防水処理はなされていないことが認められるから、結局本件駐車設備の二階床板は雨覆の機能を果たしていると認めることはできず、したがって、本件駐車設備が「屋根」を有すると認めることはできない。

4  以上のとおりであるから、その余の点について論及するまでもなく、本件駐車設備は「建築物」であるということはできない。

よって、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2について

1  抗弁2については、本件駐車設備が法八八条二項にいう工作物にあたること、右設備に法六条及び四八条が準用されることを除いて、当事者間に争いがない。

2  原告らは、抗弁2の主張は時期に遅れた攻撃防御方法の提出であるから、却下されるべきであると主張するので(民訴法一三九条一項)、この点について判断するに、後記3のとおり、抗弁2は抗弁1、3及び5と基本的な事実関係を同一にするから、抗弁2について審理しても、格別訴訟の完結を遅延させるとはいえない。

したがって、抗弁2の主張を却下することはできない。

3  次に原告らは、抗弁2の主張は本件各処分の理由を差し替えるものであって、処分の同一性を害すると主張するので、この点について判断する。

法九条一項に規定されるいわゆる是正措置命令は、法又はこれに基く命令若しくは条例の規定に違反した事実(以下「違反事実」という。)を単位としてなされるものである。したがって、是正措置命令では、その特定のため、いかなる違反事実を対象ないし理由としたかが明らかにされなければならず、処分の同一性は、右告知された理由と基本的事実関係において同一性を有する事実の範囲によって画されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、〈証拠略〉によれば、本件各処分は、建築物である本件駐車設備(広島市佐伯区五日市一丁目一七八―一所在)が法六条一項、四八条三項、広島県建築基準法施行条例一八条の規定に違反するという事実(すなわち、抗弁1、3、5及びその他からなる事実。)を理由としてなされたものと認められるところ、抗弁2は、本件駐車設備が自動車車庫の用途に供される工作物で、築造面積が一一八〇・一〇平方メートルで、住居地域内にあり、かつ建築物に附属するものでないという事実を内容とするものである。してみると、右抗弁2の事実は、本件各処分の理由とされた事実の中に包含されているものであるから、右事実と基本的事実関係において同一であるということができる。

したがって、抗弁2は本件各処分の同一性の範囲を超える主張とはいえない。

4  そこで、本件駐車設備が法八八条二項にいう「工作物」にあたるかどうかを検討する。

工作物とは「人工的作業によって設置された物」であると解されるから、本件駐車設備は「工作物」に該当するというべきである。

原告らは、右にいう工作物も土地との定着性が必要であるところ、本件駐車設備には定着性がないから「工作物」に該当しないと主張するが、法二条一号は、「建築物」の定義において、土地との定着性を明文で要件としているのに対し、法八八条二項は、「工作物で政令で指定するもの」と規定し、また建築基準法施行令一三八条三項二号イは、「自動車車庫の用途に供する工作物」と規定するのみで「土地との定着性」を要件として掲げていないこと、建築物等に関する最低の基準を定めて国民の生命、健康、及び財産の保護を図るという法の立法目的からすると、土地に定着する工作物の外、土地に定着しない工作物についても用途規制などの法による規制を及ぼす必要のある場合が存すると解されることに鑑みると、法八八条二項にいう「工作物」は、その本来の語義どおり、人工的作業によって設置された物というべきであって、原告ら主張のように土地との定着性を要件とすると解することはできない。

四  抗弁4、5及び7について

抗弁4、5及び7は、当事者間に争いがない。

五  結論

以上の次第で、本件駐車設備は、法八八条二項によって準用される六条一項、四八条に違反するから、本件各処分は適法である。

よって右各処分の取消を求める原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田登美子 古賀輝郎 山口浩司)

本件各処分の内容

(命ずる措置)

1 自動車車庫で床面積の合計が五〇平方メートルを超える部分の使用禁止

2 自動車車庫の用途に供する部分の床面積の合計を五〇平方メートル以下とすること

(猶予期限)

この命令書を受けた日の翌日から起算して三〇日以内

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